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2010年9月27日月曜日

毎年の事とは言え

毎度友人にはすまないなぁ、と思うと同時に本当にありがたいのは
こうやって今年も新潟は魚沼近郊で採れたお米40kgも。
彼とは大学時代からの付き合いだけど、こうやって律儀に送ってくれているのだ。
今年こそ九州に愛車ドゥカティでツーリングにとフェリーの予約もした様だけど、同僚がバイク事故で怪我をして仕事がママならず、その穴埋めで仕事が抜けられずに今年も来れなかった彼。九州は逃げないからと慰めはしたものの僕も久々に、本当に20年以上ぶりに会えるかと楽しみにしていただけに残念だったな。
苦しんだ後厄も今年いっぱい、長くても来年の2月の誕生日で数えで44歳になって完全に抜けるはずだから、そうしたらあの弥彦山や笹川流れなど、懐かしい新潟の地に僕こそバイクで遊びに行きたいな。
そんな懐かしさとも切なさとも付かない気分にさせられた、そんな贈り物。

2010年9月12日日曜日

川崎製鉄〜あたらしい力〜♪

僕の生まれた昭和40年初頭は日本はマダマダ高度成長真っ只中。
石油ショックもニクソンショックも無く重厚長大、大きい事は良い事だの時代背景で。
そんな中生まれてきた僕らにとって企業に対するイメージって色々なんだけど、CM等も元気があった様で。製鉄や自動車、石油精製などは特にそうだった様で、この時代の勢いを感じるんだけど・・・気付く人はこの記事タイトルだけでおいおい、ワハハ的なもので、その元気だった頃の川崎製鉄(現JFEスチール)のTVCMのバックで流れていた音楽。僕には特別の思いのある曲なのだ。
従って・・・今回お世話になっている川崎重工さんにも何かしら感じるものがあるのか、どうしてもバイクの「Kawasaki」よりも「川崎重工」の漢字表記の方が好きな様で・・・本日バイクに
貼りました。
ま、軽いイイワケと言うことで(笑)

2010年9月9日木曜日

FOX Glacierの悲劇

VT250F(G)での旅で忘れ得ない思い出が、夫婦でよく話している「FOX Glacierの悲劇」だ。
FOX氷河はNZの南島西海岸に位置する氷河で

大きな地図で見る
南島観光では目玉の一つ。
LAKE Wanakaのキャンプ場を早朝に発って、確かお昼頃到着だった記憶があるけど、何分23年も前の記憶じゃ定かじゃない。
HaastHWからFOX Glacierへの取付道路に入ったところで悲劇は起こった。


当時の取付道路は未舗装で、前輪で跳ね上げたソコソコ大きな石がVTのオイルパンにヒット。そのままオイルパンに取り付けてあったフィンごとオイルパンの一部を捥ぎ取っていってしまった。
当然の様にオイルはダダ漏れ。
直ぐに持って行かれたオイルパンの一部だった金属片を回収して、HaastHWに有ったガソリンスタンドに飛び込んだものの、ほとんどオイルは無い状態。走行不能であることは間違い無しだ。


とにかくガソリンスタンドで売っている数少ないケミカルや接着剤の中から、使えそうなものを入手して修理に取り掛かったもののどうにもならない。
オイル塗れじゃ接着も出来ないじゃないか。
仕方が無いので兎に角オイルが抜けきるまで待って、ブレーキパーツクリーナーで拭き取って瞬間接着剤で破片を無理やり接着。その上から水で溶いた石鹸を擦り付けてオイルを充填。
走れるのか…?


とにかくアイドリング状態なら漏れも止まったようなので、一番近い町Franz Josefまで走る事にした。
日が暮れてしまう…、ましてこんな所で旅を終えたくないと必死だった。
カミさんにはタンデムシートからオイルの漏れが酷くなっていないかチェックしてもらうようにして何とかFranz Josefまでたどり着いたものの、着いたころには漏れた分の補充用で予備に買ったオイルも全て使い果たしていた。絶望的だった。
辺りも暗くなり始め、止む無く飛び込んだモーテル。不覚にも名前は忘れてしまったが、ココに旅の神様はいた。
ココにいたるまでの事情をモーテルの気さくなオーナーに話すと…チョッと着いて来いと促され、ついていった先には古い車のレストアをしているモノや、ピカピカのクラッシックカーがあるではないか。
そう、オーナーの趣味は古い車のレストアでガレージの中にはありとあらゆる工具類がぎっしり、まさに工場だ。


その夜、僕は自由に使っていいと言われた工場内で、一人アルミ片を加工して、教えられるまま溶接を行い、漏れ止めに熱硬化樹脂を充填してメデタク修理完了。
翌日から又、改めてNZの旅を続けることが出来たのだ。
大切だったオーナの名前とモーテルの名前を記録した旅の記録ノートが、度重なる転居で遺失してしまい、今は記憶だけになってしまい後悔するばかりだけど、オーナーへの感謝の気持ちは今でも忘れない。


あの気さくなオーナーがいなければ、きっと旅を続けることも出来ずにタダタダ恨み言だけ言っていたかもしれない。
旅の空の下には、救いの神が必ず居ると信じられるようになった、そんな思い出。

2010年9月8日水曜日

Kawasakiとの出会い

昔、もう23年になるんだと思うとビックリするけど、僕が未だ大学にも行かずプラプラしていた頃。
流石に行く末を心配している親元にいる事も居たたまれず、本当に誰一人知己も居ないNew Zealandに単身ワーキングホリデービザで逃げる様に渡った頃。
今のカミさんともソコで出会っているから随分と永い付き合いになったけど・・・コレは余談。


仕事もソコソコ順調になってきた頃にイヨイヨ帰国か定住か悩んでいたけど、その当時現地でのサラリーを叩いて新車購入して日常の足にしていたVT250FG
に跨り、カミさんを連れてタンデムでNew Zealand全国を巡る旅に出る決意をして退職、1ヶ月ほどのキャンプをしながらの貧乏旅に出た。
住み慣れたAuckland のFlatを離れての旅は色々な出会いやトラブル、親切な現地の方々の助けもあって、それはもう間違いなく、その後の僕の人格形成に大きな影響のあった旅だった。今では有りがたい思い出。
その旅もSouth Islandから戻ってきての最終盤、たしかPalmaston Northを抜けてWaiouruからLake Taupoに抜けるルートで立ち寄ったガソリンスタンドでKawasaki GPZ1000RX
 
に乗る、John Williamsなんて鈴木太郎さんみたいな名前の、Auckland在住のチョッと年長の気さくな青年と話が弾んで仲良くなり、その彼の好意で次の町まで150kmほど、初めて大きなバイクに跨ることになった。
ビッグトルクで坂道をタンデムで、それも5速ホールドでグイグイと登っていくパワーに圧倒され、それでいてソコソコ高い運動性にKawasakiらしい野太い排気音、カウルの遮風性も高くて快適なシートと相まって、もう何処までも行けそうな、そんなバイクにいっぺんに惚れ込んだのだった。
思えば大型に乗りたいって本気で思いたったのもあの頃だ。
以来帰国してからも「いつかはGPZ」だった。

実際にその後GPZ400Rにも乗ったけど、今ひとつピンとは来なくて直ぐに売却。その後は例によってHONDA党でもあったしずっとHONDA車に乗り続け、念願だった大型CB750FBにも乗った。
そして・・・最近になってようやく久々のKawasakiブランドへの復帰。。。
そういえばあの後、AucklandのFlatにも遊びに来てくれたJohnも既に良いお父さんだろうけど、あれから連絡も出来ずにいるしましてや会ってないなぁ・・・今、彼はどうしているんだろうか。